2008年01月10日

『もう俺は限界かもしれない』を読んで

遅らばせながら、『ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない』を知り読んだ。

深く感情移入できたし、いろいろ考えさせる内容であったので紹介しておく。ググれば数多くログが見つかるだろうからリンクはしない。

実話認定

2ch に投稿されたものだが、実話をベースにしていることを私は信じる。創作かも知れないと疑わずにすなおに読んでほしい。

藤田さんの言動を通じて浮かび上がるキャラを書き手本人が理解していない。そのことが読み取れるし、実際本人が雑談スレでそう書いている。これが、決定的な理由。

感想

この話あまりにリアルだ。書き手本人が意識しないことまでにじみ出てきている。だからこそ、読み手ひとりひとりが、さまざまな感想を持つことだろう。

このブログの真のテーマと関係しそうな感想までありそうに思えるので、いくつか自分の思いを書いてみようと思う。

プログラミングについて

デスマや人間関係について凄惨な現状が描かれているが、プログラミング自体については、まったくネガティブな表現が見当たらない。

そもそもの動機が、タイトルから想像できるように現状から逃げ出したいという思いを吐き出したいというものだろう。それでも(はじめのやりとりから推察して)違う職業につきたいとは考えていないように見える。

この話を読んで PG あるいは SE を目指すのはやめようと思う人がいるかも知れない。でも次のことも考えて欲しい。

プログラミングという行為は楽しいのだ。そして、この話で出てくるプログラミングがすべてではない。

AVR に限った話題しか扱わないつもりでこのブログを始めても、MinGW/MSYS や gcc の改造、さらには Linux のドライバの改造まで出てきてしまう。そして、プログラミングの世界はまだまだ広い。

プログラミングあるいはデバッグするという行為は、効率よく論理的思考を身に付ける手段でもある。論理的思考といってもレベルがある。説明できないが、自分があるレベルについて理解できても、それが頂点ではない。それ以上のレベルがあり得るのだといういうことを、考えて欲しい。

すこし解説しようと思う。でもこれが、分からないからといってこれ以上説明を求めないで欲しい。

まず、プログラムというのは、だれでも理解できる非常に簡単な論理の組み合わせである。だれでも理解可能であるはずなのに、理解しがたいのは複雑だからだ。

プログラムを理解するというのは、あちこち省略された論理を読み解くのに似ている。省略された論理というのはサブルーチンのことだ。

あちこち省略された論理など論理ではない。理解できるわけがないと思う人もいるだろう。

でも、そういうことを当たり前のように出来る人もいるわけだ。論理的思考が出来ると思っている人でもこれが出来ないならば、レベルの差がある。

生活の場で感情論としか思えないものに、正論をぶつけて紛糾する...そういう場面はありがちだ。正論をぶつける側は、相手が論理思考ができないと思うかも知れない。でも、感情論側にも省略された論理があるかも知れない。レベルが違う人は当たり前のようにそれを見つけることができる(かも知れない)。


藤田さんについて

多くの人が、藤田さんがリーダにならない。そして、恋人がいた会社に行ってしまう理由が分からないと書いている。

こう考えたらどうだろう。

藤田さんは、挫折から立ち直り切っていない。新たな人生の目標を見つけ出せていないのである。上原さんや雇ってくれた社長を見捨てることはできないから職場に縛られていたが、問題がクリアになれば新たな人生の目標を模索したいのだ。そのために恋人がいた会社に行くというのは、自然な発想のように思える。

そして、人生の目標を喪失したままの人物は理想の人物ではない。藤田さんを理想の人物として描きたいなら、新たな人生の目標を模索に出ることは必然といえよう。

...ということを書いた本人が意識していないようなのだ。これ(意識していないように見せること)が表現の一手段というのはありうべかざることだ。実話であって理解せず観察だけによってこういうことを読者に伝えたとしても、驚くべきセンスである。

日本人は弱いのか?

藤田さんであれマ男であれ、脱却したとはいえ NEET 時代があったのだから、よく言えば繊細な、悪く言えば弱い人物として描かれている。木村くんが自分の意見を押し通すことに驚く場面さえある。それゆえにリアルティを感じるし、NEET であるような人の共感もえられるのかも知れない。

正直もっと強くなって欲しい。たとえば司馬遼太郎が描く戦国時代や幕末の日本人は信じがたいほどアクティブだ。繊細なだけが日本人の特質ではない。

おわりに

ついに感想文まで書いてしまった。これや前の記事は、例外である。この手のものは、もう書かないつもり。
posted by すz at 21:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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